昨日、厚生労働省から2023年度の年金額の改定について発表がありました。

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改定の内容は、上記のとおり
  • 新規裁定者(67歳以下の方)は前年度から 2.2%の引き上げ
  • 既裁定者(68 歳以上の方)は前年度から1.9%の引き上げ
となっており、ニュースサイトなどでは「3年ぶり増額」「実質目減り」といった見出しが出ています。増額なのに「実質目減り」となっているのは、将来世代の年金を確保しておくために賃金や物価の上げ幅よりも年金額の上げ幅を抑えているためです。今回は、前年度までの繰り越し分も合わせて0.6%分、年金額の上げ幅が抑えられています。

これは2004年の年金制度改正で導入されたマクロ経済スライドという仕組みであり、適用されるのは最初から分かっていることです。あえて見出しに「実質目減り」と出しているのを見ると、そんなに不安にさせたいのかなと思ってしまいます。

そんなことより、今回の年金額改定で注目すべき点は、新規裁定者(年金を受け取り始めの人)と既裁定者(以前から年金を受け取っている人)で引き上げ幅が異なるところだと私は考えています。これは、2004年の改正で年金制度の大枠が今の形になって以来、初めてのことです。

年金額の改定の仕組みは細かく見ていくと複雑ですが、簡単に言うと新規裁定者は賃金水準に応じて、既裁定者は物価水準に応じて毎年度改定されます。今回、新規裁定者の引き上げ幅のほうが高くなったのは、物価の上昇よりも賃金の上昇が高かったためです。

公的年金制度は、基本的に「世代間の仕送り」により運営されています。現役の時には保険料を負担してそれが上の世代の年金支払いに充てられ、自分が老後を迎えたときには下の世代が負担した保険料をもとに年金を受け取ります。保険料は賃金の水準に連動しますので、年金額も賃金水準に連動させればバランスが取れることになります。また、それによって現役時代の賃金水準に応じた年金額を受け取ることができます。

しかし今の制度では、上記のとおり既裁定者については物価上昇分のみが年金額に反映されることになっています。これは、既裁定者の年金額の上げ幅を抑えることで将来世代の財源を確保しておくためです。

ただ、これまではこの仕組みが機能していませんでした。賃金が物価以上に上がらなかったからです。賃金が上がらない中で既裁定者の年金額を物価に合わせて上げていくと、逆に将来世代のための財源が不足していきます。そのため、賃金が物価以上に上がらなかったときには、既裁定者の年金額も賃金水準に合わせて改定することになっています。そして実際にはその状態が長く続き、2022年度までは新規裁定者と既裁定者の改定率はずっと同じでした。

(2017年までは毎年厚生年金保険料が引き上げられ、それによる手取り賃金の減少分も織り込んで賃金変動率が計算されていた影響もありました。)

年金制度の改正が行われて20年近くがたったところで、ようやく本来想定していた形で年金額の改定が行われたわけですが、実際のところ多くの人は賃金が物価よりも上がっているという実感はなく、むしろ逆かもしれません。賃金や物価の変動を年金額に反映するのにはタイムラグがあり、足元の状況とは乖離するためです。

今回のケースだと、改定率の算定に用いられた物価変動率は2022年(暦年)の年平均で2.5%となっていますが、直近2022年12月の消費者物価指数の前年同月比は4.0%まで上昇しています。また、賃金変動率は、2022年の物価変動率(2.5%)に、2019~2021年度の実質賃金変動率の平均(物価変動分を差し引いた賃金変動率の平均で0.3%)を加えた2.8%となっており、2~4年前の動向が反映される形になっています。

このように、少し遅れはあるものの、長期的には賃金や物価水準の動向が年金額に反映されていくことになります。物価の上昇以上の賃上げを確保することは、現役世代の今の生活を向上させるだけでなく、年金制度の仕組みを通じて将来の年金を守ることにもつながります。