先日、2021年度の公的年金(国民年金、厚生年金)の年金額が▲0.1%の改定となることが、厚生労働省から公表されました。公的年金は物価や賃金の水準に連動して毎年改定される仕組みとなっており、こちらのブログに詳しい説明が載っています。


基本的な考え方としては、物価の伸びよりも賃金(正確には名目手取り賃金)の伸びのほうが大きくなることを前提に、新たに年金を受け取る人(新規裁定者)の年金水準の増加は賃金に連動させる一方で、すでに年金を受け取っている人(既裁定者)の年金水準の増加は物価変動分にとどめることとしています。

保険料収入は賃金に比例して増えますが、既裁定者への年金給付の増加は物価上昇分までとすることで、現役世代のために積立金をより多く確保しておくことができます。

一方で、物価の伸びよりも賃金の伸びが小さい場合には、既裁定者の年金水準も賃金変動率に連動させることとしています。年金の実質価値を維持するためには物価に連動させるのが本来の姿ですが、「仕送りする側」の収入の伸びを上回らないようにすることで、積立金をより多く残す仕組みになっています。結果として年金の実質価値は下がることになります。

「物価<賃金」であれば、現役世代の賃金は実質的に増えているということであり、相対的に年金受給世代の年金額が抑えられるので、将来の年金原資も確保されることになります。年金受給世代にとっても物価変動に応じた年金の実質価値を維持できますから、「物価<賃金」となるのが望ましい姿です。

ところが、上で紹介したブログにも書いてある通り、実際には賃金の伸びは物価の伸びを下回る状態が続いています。というか、物価が上がっても賃金は下がっているというのが実態です。以下は、当初の水準を100として、2007年度以降の年金額改定の基礎となった物価変動率と賃金変動率で推移させたグラフです。
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2007年以降の累積で、年金水準改定の基準となる物価変動率は5%程度のプラスとなっている一方で、賃金変動率は5%程度のマイナスとなっています。一見すると企業が人件費を減らしているように見えますが、必ずしもそうとはいえません。

2004年度から2017年度にかけて、厚生年金保険料は13.934%から18.3%まで4.366%引き上げられました。このうち半分は従業員の負担であり、これがそのまま上記の賃金変動率(名目手取り賃金変動率)に反映されています。また、残り半分は企業の負担であり、賃金を引き上げなくてもその分人件費の増加につながっています。

つまり、賃金水準の低下は厚生年金保険料の引き上げが大きく影響していると考えられます。しかし、2017年9月以降は厚生年金保険料は18.3%で固定され、今回の2021年度の年金額改定以降はその影響はなくなります。今回、賃金変動率は物価変動率を0.1%下回っていますが、これは2014年度の改定と並んで最も小さな差となっています。

ただ、新型コロナウイルスの影響が長期化していることもあり、足元では賃金水準は低下傾向にあります(毎月勤労統計調査 令和2年11月分結果速報)。実質賃金の増加、すなわち「物価<賃金」の実現はまだ先になりそうな状況ですが、実質賃金の増加は現役世代の今の生活だけでなく、年金受給世代の実質年金水準の維持や将来の年金財政にもかかわる事項であり、重視すべき指標です。