以前にも記事に書きましたが、昨年10月に学生時代を過ごした海の星学寮に招かれ、懇話会で学生に話をする機会がありました。テーマは「人生100年時代の仕事と生活とお金」。その内容について、毎年発行している会誌への寄稿依頼があり、原稿を作成しました。せっかくなのでここにも掲載しておくことにします。

ちなみに、男子寮なので寮母さん1名をを除いて聞き手は全員男子です。

人生100年時代の仕事と生活とお金

 私は2000年に京都大学理学部を卒業、生命保険会社に就職し、その後20年間にわたってアクチュアリーとして退職金や企業年金に関わる仕事に携わってきました。現在はIICパートナーズというコンサルティング会社で、退職金と中心とした企業の人事制度の設計や運営支援を行っています。これまで誰も経験していない「人生100年時代」の長寿社会にどう向き合っていけばいいのか、これまでの経験を踏まえながらお話させていただきました。

人生100年時代とは

 昭和の時代、会社員の人生は「教育→仕事→引退」という一本道の3ステージで構成されていました。学校を卒業後、最初に就職した会社に終身雇用で定年まで勤め、その後は引退して公的年金や退職金・企業年金で暮らしていくことができました。昭和の終わり、1988年の男性の平均寿命は75歳、定年はまだ55歳の会社も多く、再雇用は一般的ではありませんでした。

 しかし平成に入って平均寿命は80歳まで延び、厚生年金の支給開始は段階的に65歳まで引き上げられ、企業には65歳までの継続雇用が義務付けられるようになりました。今では60歳定年の企業でも60歳で引退する人は少数派で、8割程度の人は再雇用で60歳以降も働き続けています。

 さらに、2021年4月以降は70歳までの就業確保を企業の努力義務とする法改正が行われようとしています。60代での引退が「アーリーリタイア」となるのも遠い未来ではありません。ちなみに私の父は72歳ですが幸いなことにまだ現役です。会社を定年退職した後、電気関係の資格を活かして個人で電気設備の点検業務を請け負っています。

 ここまで引退年齢が延びてくると3ステージの人生は通用しなくなります。どんなに安定しているように見える企業でも、20歳過ぎから70歳までの雇用が保証されていることなどありません。いくつかの転機を経験し、時には学び直し、働き方を柔軟に変えながら適応していくマルチステージの人生への移行が求められるのが「人生100年時代」です。
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年金制度の将来

 「人生100年時代」と聞いて国の年金制度(公的年金)に不安を覚える人もいるかもしれません。もし年金がなくなれば、70歳どころか一生働き続けなければならなくなります。しかし長寿化が進んでも(年金が支払えなくなるという意味で)年金制度が破綻することはありません。公的年金はいわば現役世代から年金世代への「仕送り」です。家族単位で子が親を養う代わりに、国民全体で「仕送り」の仕組みを整備しておくことで、家族の状況や寿命の長短にかかわらず、一定の年金収入を安定的に得ることができます。国民全体で最低限の生活を支えるというのは公的年金に限らず社会保険の基本的な考え方です。もし年金が支払えなくなる時が来たとしたら、それは日本から現役世代が消えたときであり、年金制度より前に国自体が消滅していることでしょう。

 そうは言っても若い学生や新入社員にとって年金を受け取るのは遠い将来のことであり、保険料を支払うのは負担でしかないと感じるのも無理はありません。しかし年金は高齢になったときにだけ支給されるものではありません。例えば不慮の事故や病気により重い障害を負って働けなくなったときには障害年金が支給されます。20歳以上で保険料を支払うのが経済的に困難な場合は学生納付特例制度や保険料免除の申請を行っておくことで、もしもの時に年金を受け取ることができるようになります。

 ところで、年金には国から支給される公的年金に加えて、会社から支給される企業年金や退職金、それに個人が任意で加入する個人年金や積立制度があります。土台に公的年金があり、その上に企業年金や退職金があり、さらに上乗せが必要なら個人で準備しておくという構造です。会社に企業年金や退職金があってもその金額がいくらなのか、退職直前まで知らない人が少なくありません。「老後に2,000万円必要」などと聞いて不安がる前に、日本年金機構から毎年送られてくるねんきん定期便で自分の年金額を知り、会社で調べたり聞いたりして企業年金や退職金を知り、自分にとって足りないのはあといくらなのかを把握することが大切です。
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賃金の仕組み

 会社員が仕事の対価として受け取る賃金には大きく分けて給与、賞与(ボーナス)、退職金(企業年金を含む)の3つがあります。また、給与の決め方には大きく2つの考え方があります。1つはヒト基準(メンバーシップ型)、もう1つは仕事基準(ジョブ型)です。

 メンバーシップ型では、その人が持っている能力や経験に基づいて給与を決めていきます。日本で一般的な考え方であり、社内の序列が重視されます。実際には能力を正確に測るというのは難しく、結果として年功的な運用になりがちですが、これにはメリットもあります。異動により担当する仕事が変わっても、それによって給与が急に減ったりすることはありません。会社にとっても社員の配置を柔軟に変えることができます。

 しかし人手不足が進み、人や企業が国境を越えて活動するようになる中で、メンバーシップ型の考え方では企業は必要な人材を確保することが難しくなりつつあります。海外で一般的なジョブ型では、仕事の中身や責任範囲で給与が決まります。終身雇用が保証されない以上、優秀な人材ほど自分の働きに見合った処遇を求めて企業を選ぶようになります。日本企業の給与の決め方も、メンバーシップ型からジョブ型に少しずつシフトしています。

 退職金の決め方もDefined Benefit(確定給付型)からDefined Contribution(確定拠出型)へのシフトが徐々に進んでいます。3ステージの時代の退職金制度は「定年退職でいくら支給するか」を基準に作られていましたが、マルチステージの時代にはその考え方は意味をなさなくなります。転職があることを前提に、「1年でいくら退職金として積みたてるのか」が基準となり、個人単位で積立を行っていく考え方のほうがフィットします。公的年金の上に乗っている「企業年金・退職金」と「個人年金・積立」の境目がなくなってきているとも言えます。

賃金の格差

 日本では新卒採用者の給与は「初任給」として決まっており、学歴が同じなら入社時の格差はないのが一般的です。企業間でも初任給の格差は小さく、初めて就職する学生は賃金水準の違いを実感することはないでしょう。しかし実際には年齢を重ねるにつれて業種や役職、雇用形態などによる賃金の格差は大きく広がっていきます。例えば金融業・保険業では50歳代前半をピークに給与は大幅に増えていきますが、宿泊業・飲食サービス業では給与の増え方はとても緩やかです。正規・非正規の格差はさらに顕著です。退職金も、正規社員には8割程度の企業が支給していますが、非正規社員に支給している企業は2割未満です。
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 もちろん、仕事の価値は賃金の大きさだけで決まるものではありません。しかし、業種や役職、雇用形態によって賃金水準は大きく左右されるという事実は知っておきたいところです。こうした事実は国が公表している統計データから読み取ることができます。

 一方で、こうした統計データが表しているのは現時点の状況であり、これが将来にも当てはまるとは限りません。自分自身の価値を高めていくにはどのような知識や能力を身に着け、その価値を発揮するにはどのような環境に身を置くのがよいのか、常に自分自身で考えていくことが大事になります。

夫婦で稼ぎ、支え合う

 昭和の時代には夫が働き、妻は家庭を守るという専業主婦世帯が多くを占めていましたが、1990年代を境に共働き世帯が逆転し、今では専業主婦世帯の2倍以上になっています。夫婦で稼ぐのが当たり前の時代です。マルチステージの人生にはステージを移る際に一時的に収入が大きく減ることもあるでしょう。どちらか片方だけに収入を依存するのはリスクが大きく、事情が許す限り2人とも働ける環境を整えるのが望ましいといえます。

 しかしその一方で、家事・育児の負担が妻に偏っている現状は変わっていないようです。女性は就業時間が短くなるほど家事・育児に費やす時間が長くなるのに対して、男性は従業時間が短くなっても家事・育児に費やす時間は短いままというデータもあります。働き方改革の1つは女性活躍推進にありますが、残業が減っても意識が変わらなければその効果は半減してしまいます。人生100年時代は男女にかかわらず、仕事に、家事・育児に、マルチに役割を発揮することが求められる時代でもあります。
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私が大事にしてきたこと

 最後に、これまでの経験で私が大事だと思っていること、これからも大事にしたいことを3つ挙げておきます。

 1つ目はinput、学び続けることです。コンサルタントという職業柄、自分が専門としている分野の最新情報については常にアップデートしていくことが求められます。しかしこれからの長い人生を充実させていくためには、職業にかかわらず、新しいことに興味、関心を持ち、自分の中に取り入れていくことが大事だと思います。

 2つ目はoutput、発信することです。この懇話会もそうですが、inputしたことを自分になりに咀嚼して発信することで、学んだことが身につくようになります。outputすることで様々な反応が返ってくるので、それによって新たな気付きを得ることもできます。そして次のconnectのきっかけにもなります。

 3つ目のconnectは、自分が所属する会社や組織以外の人とつながることです。ずっと同じ組織の中だけにいると視野が狭まりがちになります。長い人生の間には、1つの組織の中で集中して仕事に取り組むべき時期もあるでしょう。しかし、これからの人生の中で何度か訪れることになるであろうステージの移行期には、外とのつながりが生きてきます。

 マルチステージの人生では、特に後半においては1つの組織に依存せずに自分の価値を発揮していくことが求められます。そのために必要なのは、自分の得意なことや興味、関心を起点にして、それを社会に役立てる機会や場所を見つけていくことだと思います。

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当日の主な質疑応答はこちらの記事に書いています。