専門家は専門外にどう足を踏み出すべきか―

この問いの前提にあるのは、専門家が自分の専門領域にとどまっているだけでは顧客のニーズに十分に応えることはできないということです。

専門性を周辺分野と結び付ける

私の専門資格は、元来、日本アクチュアリー会正会員です。しかし一口にアクチュアリーといっても生保、損保、年金の各分野では求められる知識や経験、能力は異なってきますし、リスクマネジメントやデータサイエンスといった新しい分野も出てきています。

私の専門分野は年金であり、年金数理人という資格も持っていますが、一度だけペット保険(損保分野)の保険計理人という同じアクチュアリー業務の中でも畑違いの仕事を経験したことがあり、非常に苦労しました。

また、年金アクチュアリー、年金数理人という言葉の響きから「年金のエキスパート」を連想されることも多いですが、アクチュアリーが仕事で直接関わっているのは基本的に企業年金の世界であり、公的年金(国の年金)のことについてはさほど詳しくなかったりします。

企業の側からすると、企業年金は退職金や福利厚生の一環として実施しているものであり、人事制度や報酬制度の一部を構成しているものです。これに対して、年金アクチュアリーの専門性は主に企業年金の財政にかかわる部分であり、そこから外れる部分については必ずしも専門的な知見を持っているわけではありません。

しかし、時代が移っていく中で、企業年金に対するニーズは変わっていきます。公的年金や雇用環境、人事制度の変化に伴い、企業年金や退職金についてもその位置づけや目的から見直すことが必要になっています。

こうした課題に対応していくためには、年金アクチュアリーがもともと持っている専門性を周辺分野と結び付けていかなくてはなりません。つまり、専門領域から足を踏み出していくことが求められます。

信頼性との両立を図る

その一方で、専門家にとっては信頼性が命です。専門外の分野に口出しして誤ったことを言ってしまうと専門分野についての信頼性も失いかねなません。ですので、うかつに口出しすることははばかられます。数理計算の正確性が求められるアクチュアリーにはこの傾向が強いように思います。

また、年金に関しては大手報道機関も含めて誤った認識、理解に基づく記事や報道が少なくありません。これを逆の立場から考えると、専門外の分野についてあれこれ言うことに対しては慎重であるべきということになります。

では、専門家として世の中の期待に応えていくことと、信頼性を確保することとの両立をどう図っていけばいいのでしょうか。私は次の3点を念頭に置きつつ専門外に足を踏み出していくべきだと考えます。

1.最低限の知見を備えておく
新たな分野に足を踏み出す以上は最低限の知見を備えておく必要はあるでしょう。ここでいう「最低限の知見」とは、その分野において自分が知っていること、身に付けていることとそうでないものが何であるかを認識できる程度の知識、というイメージです。

知見を身に付けていくうえで効果的なのはやはり学んだことをアウトプットしていくことです。学んだことやそれについての自分の考えを書き出すだけでもよいと思います。

2.その道の専門家と補完しあう
自分に欠けているものが何であるかを正しく認識できれば、そこを埋めるためのピースにもたどり着きやすくなります。その道の専門家とつながることで足りない部分を補完し、またフィードバックを受けることで学びの効果もアップします。

その際には、自分が備えている専門性が何であるかを発信し、相手方にも自分とつながることへのメリットや期待を感じてもらうことが重要になります。

3.誰の、何の役に立ちたいのかを明確にする
専門的な能力や技術をもっていると、それを活用できるのはどんな分野だろうかという発想になりがちです。そのような考え方を否定するわけではありませんが、まずは「誰の、何の役に立ちたいのか」という目的がないと足を踏み出す方向性が定まりません。

目的を共有することで外とのつながりもより強固に、より広範囲になり、結果的にはもともと持っていた専門性を発揮できる機会を最大化できるのではないでしょうか。