先日開催された第12回社会保障審議会年金部会で、現在最大70歳までとなっている老齢基礎年金・老齢厚生年金の繰下げを、75歳まで可能とする案が厚生労働省から提示されました。委員からも賛同の意見が多く聞かれたということで、これを盛り込んだ法案を来年の通常国会に提出する方針と報道されています(早ければ2021年度より施行?)。

繰下げ可能年齢の引き上げについては従来から政府の方針としても示されており既定路線といえますが、私が以前から注目していたのは繰下げによる年金額の増額率をどう設定するのかということでした。



現行制度では基準となる65歳支給開始の年金額に対して、繰下げの場合は1月あたり0.7%の増額、すなわち1年で8.4%、最大5年で42%の増額となり、繰上げの場合は1月あたり0.5%の減額、すなわち1年で6%、最大5年で30%の減額となっています(繰上げについては最も早くて60歳からの受け取りが可能であり、この年齢については制度改正後も変わらない見通し)。

この率については、年金財政上中立な設定であるという説明がなされてきました。年金の受取総額は、長生きするなら繰下げで増えて繰上げで減る、早死にするならその逆になりますが、全体で見ればちょうどバランスが取れるような設定になっているというわけです。

しかしこれは正確ではありません。確かにこの率を設定した当時(2000年)は中立だったかもしれませんが、その後平均余命が伸びたことで平均的にみると繰下げを選択したほうが受取総額が増える状況となっています。財政上の中立を保つためには、平均余命の伸びに応じて増額率を低く設定し直さなくてはなりません(繰上げの減額率についても減額の幅を小さくする)。

一方で、70歳以降の繰下げについては中立性を保つ観点からはより高い増額率を設定する必要があります。例えば、65歳時点の平均余命を20年とすると、70歳までの繰下げでは受給期間は15/20となりますから受給総額が同じになる年金額は65歳開始の額の20/15(=4/3)倍、つまり33%の増額となります。これを75歳まで繰り下げると受給期間は10/20となり、年金額を20/10(=2)倍、つまり100%の増額にしないと受取総額は同じになりません(簡単のために運用利回りなどは無視しています)。
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そうすると、70歳までは年6.6%(月0.55%)ずつの増額ですみますが、それ以降は年に13.4%(月1.12%)ずつ増やしていく必要があります。これを突き詰めていくと、繰下げ・繰上げの増額率・減額率は本来各年齢ごと、かつ男女別に設定すべきだということになります(平均余命は男女で大きく異なる)。

で、実際今回示された案がどうだったかというと、繰上げの減額率については平均余命の伸びに応じて圧縮されましたが(月0.5%から0.4%)、繰下げの増額率については現在の月0.7%を維持して70歳以降も同じ率を適用するというものでした。

厚労省から提示された資料をよく見ると、次のような理論上価値が等しくなるような増額率の曲線が示されています。横軸は受給を開始する年齢、つまり「何歳まで繰り下げるか」を表しており、縦軸はその年齢での増額率を示しています。前提の置き方によって幅はあるものの、月0.7%の増額率の設定は70歳過ぎまでは理論値を上回り(受け取り側に有利)、それ以降は逆転している(受け取り側に不利)ことがわかります。
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しかし今回の案では「各年齢での率を平均するとおよそ月0.7%になる」という理由で一律0.7%の設定となっています。政府として高齢期の就労と繰下げ受給の活用を促していこうとする中で、その妨げとなるような(70歳までの)増額率の引き下げは行うべきではないという考えもあったのだろうと思います。

ただ、今後平均余命がさらに伸び、70歳前後までの繰下げを選択する割合が高まっていくと、年金財政にはマイナスに作用していくことになります。その際には増額率の設定を見直すのか、あるいはそもそも基準となる支給開始年齢(現在は65歳)自体を見直すのかの議論が必要になってくるでしょう。