先日の2019年財政検証結果は前回と比べて良くなったのか?に引き続き、今回の財政検証で実施されたオプション試算についてまとめていきます。

法律では、少なくとも5年ごとに公的年金制度の財政見通しを作成し(=財政検証)、次の財政検証までに所得代替率が50%を下回ると見込まれる場合は給付及び負担のあり方を見直すとされています。

しかし、所得代替率が50%を下回ることが確実になってから見直しに着手するのでは手遅れになる可能性があります。短期間のうちに保険料や消費税率の大幅な引き上げ、または年金額の大幅な削減を行わざるを得ない状況になっているかもしれません。

そこでできるだけ早いうちに手を打ち、深刻な影響が出ないようにすることが望まれます。その方向性を示すのが「オプション試算」です。財政検証(現行制度に基づく将来推計)が年金制度運営のPDCAサイクルのCにあたるとすれば、オプション試算はCからAへのつなぎ役ということになります。

2019年財政検証では主に「被用者保険の更なる適用拡大」と「保険料拠出期間の延長と受給開始時期の 選択」の2つについて、それぞれの制度改正が実施された場合に所得代替率にどの程度改善が見込めるかが試算されています。

詳しい試算の内容は以下のとおりです(第9回社会保障審議会年金部会 資料3-1より)。
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このうち、A①~③とB①~③について、現行制度に基づく所得代替率の推移と比較したのが以下のグラフです(B④⑤については現行制度でも選択可能な繰下げ受給を想定したものであることからここでは省略)。なお、経済前提については6パターンのうちのケースⅢとしています。
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これを見ると、B①とA③で特に大きな改善が見込めることがわかります。しかし給付の大きな改善が見込めるということは、負担も相応に増えるということになります。

まず、B①については基礎年金(国民年金)の保険料の支払いを現行の60歳到達までから65歳到達までとしています。厚生年金については現在でも70歳到達まで保険料の支払いは続くので、65歳以上まで会社員として勤める人、及び企業にとっての保険料負担は変わりません。一方で個人事業主や無職の人など、第1号被保険者にとっては60歳以降も65歳到達まで国民年金保険料を払い続けることになります。

また、基礎年金については給付の半分を国庫負担(税金)で賄っているため、税財源も確保しなければなりません。今回のオプション試算では国庫負担がどの程度増えるかもあわせて計算されており、その金額は年間1.2兆円程度(賃金上昇率で2019年度価格に割り戻した金額)となっています。2018年度の消費税収(17.7兆円)から計算すると、この金額は概ね消費税1%分に相当します。

次に、A③については月5.8万円以上の収入のあるすべての雇用者を厚生年金の適用対象としています。現在は厚生年金の適用対象外となっているパートやアルバイト(20歳以上の学生を含む)、従業員数5人未満の個人事業所で働く従業員も適用対象となり、厚生年金保険料を天引きされることになります。

厚生年金は被用者保険の1つとして健康保険(医療保険)などとセットになっていますから、健康保険料等の他の社会保険料もあわせて引かれることになるでしょう(したがって医療・介護保険の財政を改善させる効果も見込めます)。

さらに、こうした人たちを雇用する企業や事業所も社会保険料を追加で負担する必要があります。A③ではその対象者数が1,050万人という規模になりますから、パート・アルバイトを多く抱える小売りや飲食店などの業界、個人事業所の経営に大きな影響を与えることになるでしょう。

実際のところ、B①やA③のような改正には様々な抵抗がありますので、このような改正が直ちに行われるとは考えにくいです。今回のオプション試算でもB①では「2026年度より納付年数の上限を3年毎に1年延長」、A③では「2024年4月に更なる適用拡大を実施」としており、改正までは一定の期間を置いています。

次回の財政検証(2024年)に向けては、オプション試算で示された改正の方向性をどこまで法改正に反映させることができるかが焦点になります。