平成最後の年が幕を開けました。昭和に生まれ、平成に就職し、縁あって退職金・年金の世界で職業人生を送りながら新しい世を迎えようとしている者として、退職金がこれまでどのような道をたどり、これからどこに向かおうとしているのか、また、どこへ向かうべきなのか、改めてまとめてみました。

拡大し続けた昭和の退職金

現在のような退職金が広く普及したのは戦後間もないころであり、戦前2割強であった退職金の導入率は、1951年(昭和26年)には82.3%、従業員500人以上の企業では95.7%に上ったとあります(日本労働研究雑誌 2009年4月号「なぜ退職金や賞与制度があるのか」)。

その理由としては「第2次世界大戦直後の労働争議に負うところが大きい」とされていますが、戦後の復興期においては、給与には在職中の生活保障の役割が、退職金には退職後の生活保障の役割が強く求められ、企業の側もそれに応えることで労働力を確保できたという背景があったものと考えられます。

その後、終身雇用とセットで、退職金は定年退職者に対する老後の生活保障の性格を強め、退職金の事前積立と年金化を可能とする企業年金制度も急速に広まりました。1962年(昭和37年)には適格退職年金制度が、1966年(昭和41年)には厚生年金基金制度が創設され、それぞれ1990年代に入るまでほぼ一貫して右肩上がりで増加していきました。

退職金の額も増え、大企業だけでなく、総合型厚生年金基金の普及により中小企業にも終身年金が設けられるようになりました。戦後に限って言えば、昭和は退職金が質量ともに拡大し続けた時代であったといえるでしょう。しかし平成に入って間もなくすると、退職金は大きな転換点を迎えることとなります。

目的を見失った平成の退職金

昭和から平成に変わった1988年はバブル真っただ中であり、その直後にバブルは崩壊して日本経済は曲がり角を迎えます。退職金・企業年金も1990年代半ばまでは拡大傾向が続きましたが、1990年代後半になると5.5%の運用利回りを前提とした企業年金制度の維持は徐々に難しくなり、年金基金の解散も出てくるようになります。

厚生年金基金の解散認可の基準を具体的に定めた厚生労働省の通知「厚生年金基金の解散及び移行認可について」の最初の発出日は1997年(平成9年)3月31日となっており、この頃から厚生年金基金の解散が例外的なものではなくなってきたことを表しています。

そして私が就職した2000年(平成12年)はちょうど新たな企業年金2法の制定に向けて準備が進められていた時期であり、また、退職金・企業年金の積立状況を企業会計に反映させる退職給付会計基準が日本に導入された年でもあります。

2001年(平成13年)には確定拠出年金制度が、2002年(平成14年)には確定給付企業年金制度が創設され、従来の適格退職年金制度は2012年(平成24年)に廃止されました。厚生年金基金についてもその多くが確定給付企業年金に移行することとなり、2014年(平成26年)の制度改正によりついに原則廃止となりました。2018年(平成30年)時点において、存続予定の厚生年金基金は全国でわずか8基金となっています。

退職金の給付水準も1997年(平成9年)をピークにその後は右肩下がりとなり、退職金制度の実施率も低下傾向となっています(厚生労働省「就労条件総合調査」による)。退職金の算定式についても老後の生活保障の意味合いが強い「退職時の基本給×勤続年数に応じた増加する支給月数」の形からポイント制等へと変わり、昇進・昇格の有無やスピードによって同期入社でも金額に差がつくようになりました。

こうした変化の要因は、一言でいえば昭和時代の退職金制度が経営上維持できなくなり、また終身雇用の崩壊とともに維持する必要性も薄れてきたことにあります。一方で、終身雇用のもとで入社し、これまで長く働いてきた従業員の既得権を無視するわけにもいかず、いわば妥協の産物として生まれたものであるともいえます。

つまり、経営上は退職金制度は必須ではない(できればなくしたい)が、既得権からなくすのも難しいために許容できる範囲で存続してきたのが平成の退職金であり、そこに退職金制度を設けている本来の目的は見失われてきたのです。

人生100年時代に復権する「ポスト平成」の退職金

しかし、そのような平成時代においても一貫して拡大してきたのが確定拠出年金制度(DC)です。2001年(平成13)の制度創設からしばらくの間は、廃止されることとなった適格退職年金等の受け皿として実施されることが多かったですが、その後の拡大には新規の導入も大きく寄与していると考えられます。給与を原資とした「選択制DC」など、これまでの退職金にはない形での導入も増えています。

これには、企業側の財務的なリスクや負担の軽減という側面ももちろんあるわけですが、個人ごとに資産が分別管理され、転職等があっても60歳になるまで確実に老後資金を積み立てることができるという点が時代にマッチしたからでもあるでしょう。2017年(平成29年)の制度改正により職業等にかかわらず企業型と個人型のいずれかのDCには加入できるようになり、「ポスト平成」ではDCが私的年金の核となっていくのは間違いないと思います。

人生100年時代においては高齢期の所得をどう確保するかが大きな課題の1つとなるため、企業にとってもDCを実施し、従業員が制度を有効に活用できるようにするための支援を行うことが、人材の確保や定着のための重要な施策になってきます。

一方で、人生100年時代はマルチステージの時代でもあります。現役時代を1社のみで過ごすのは少数派となり、多くの人がキャリアチェンジを経験することになるでしょう。企業としても社員全員を70歳(あるいはそれ以上)まで雇用することを前提に考えるのではなく、ある時点で社員が会社から「卒業」していくこと(卒業できるようにすること)を意識した人材マネジメントに切り替えていく必要があります。そうしたときに退職金はキャリアチェンジを支援するための重要な資金となります。

すなわち、「ポスト平成」の退職金は、多くの企業に共通して求められるDCと、それぞれの企業の特性に合わせた形で準備・設計すべきキャリアチェンジのための退職金で構成されることになると考えます。

現状でも結果としてそのような構成になってるケースは多いと思いますが、人材マネジメントを社員の卒業から逆算して考えることで退職金制度の意味づけが明確となり、退職金以外の人事制度や研修制度なども含め、それぞれの企業にふさわしい制度設計や運営のあり方を見出すことができるでしょう。

平成最後の2019年は「ポスト平成」の退職金の推進元年として、私自身としても新たなスタートを切っていきたいと思います!