確定拠出年金法の改正に盛り込まれた項目の1つに「ポータビリティの拡充」、つまり年金資産の持ち運びが可能な範囲を拡大するというものがあります。今年(2018年)の5月より施行されました。

中退共(中小企業退職金共済)に加入していた中小企業が他の企業と合併した場合、従来は、中小企業でなくなった場合(=中退共への加入を継続できない場合)に限って企業年金(確定給付企業年金または確定拠出年金)に資産を移すことが認められていました(「中小企業」であるかどうかの基準はこちらを参照)。

しかし今回の改正により、引き続き中小企業である場合でも、中退共を解約したうえでその資産を合併先の企業で実施していた企業年金に移すことができるようになりました(逆に合併先の企業年金の資産を中退共に移すことも可能)。

要件や手続きの詳細についてはこちらの通知にまとめられていますが、特に合併等に伴って中退共の資産を企業年金に移すケースを想定し、注意したほうがよさそうな点をまとめておくことにします。

新しく設けた企業年金に資産を移すのはNG

今回の制度改正の趣旨は、中退共に加入していたA社と、企業年金を実施したB社が合併等によって1つの中小企業となり、同じ会社に異なる制度が併存することとなった場合に、いずれか一方の制度に統一できるようにすることにあります。

したがって、もし上記のケースでB社に企業年金がなく退職一時金制度のみだった場合に、新たに企業年金を設けてそこにA社従業員の中退共の資産を移すことはできません。

この場合、取り得る選択肢は、
  1. B社従業員も含めて新会社全体で中退共に加入
  2. 新会社では中退共に加入しないこととし、旧A社従業員の資産は契約解除により分配
  3. 新会社では中退共に加入しないが、経過措置によりA社従業員のみ加入継続
となります。

ただ、中退共には「被共済者となることに反対する意思を表明した者」等を除いて全従業員を対象としなければならないという包括加入の原則があるため、3の場合には対象外となる従業員に対して説明のうえ意思確認を取っておくのがよいでしょう。

資産を移せるのは合併後1年以内

企業の合併があった場合、あらゆるシステムの統合を進めていく必要があります。人事制度でいえば等級制度や賃金・賞与等の報酬制度、評価制度の統合をまず進め、退職金制度についてはその後というのが一般的です。

したがって、合併に伴って人事制度を一新するような場合は退職金の統合が完了するまでに2〜3年以上かかることも珍しくはありません。

しかし今回の制度改正では資産を移すための申出書の提出期限が合併から1年以内とされており、事前の従業員への説明や企業年金の業務委託先である金融機関との手続き等も考えると、合併から半年後くらいまでにはほぼ統合後の制度設計を固めておく必要があると考えられます。

したがって、(上記のケースでいえば)実質的にB社がA社を吸収するような形で、退職金制度を含むあらゆるシステムについて基本的にB社のものを引き継ぐ場合でないと、実際には資産の移換は難しいのではないかと思います。

資産を移せるのは2018年5月以降の合併等

今回の制度改正の施行日は2018年5月1日ですが、例えば2018年1月1日付でA社とB社が合併し、そこから1年以内で施行日後の2018年7月1日に資産を移せるかというと、これは認められません。合併等の日が2018年5月1日以後であるものから資産の移換が可能となります。

なお、「合併等」という表現がいくつも出てきていますが、この「等」には、例えば事業譲渡によりA社の従業員の一部がB社に転籍する場合が含まれます。

上記のとおり、制度の抜本的な見直しを伴う統合作業には非常に時間がかかるので、実際に今回の改正が利用されるのは、B社がA社の全部または一部を取り込むような形で企業再編が行われるケースだと考えていいかもしれません。