以前「70歳以降の受給繰下げは何%増しの年金になるのか?」の記事に書いたとおり、現行の公的年金制度における繰下げ受給は、実際には繰下げを選択する人にとって有利な条件となっています。

直近の死亡率(第22回生命表)と実質運用利回りの目標(年1.7%)を前提に、財政的に中立な繰下げ時の増額率を計算すると、
  • 男性(65歳から70歳まで5年繰り下げ):+40.6%
  • 女性(同上):+32.1%
にとどまりますが、制度上は+42%(1年繰下げにつき+8.4%)とこれらを上回る水準に設定されているからです。

この理由については、上記の記事で、増額率設定当時に比べて前提とした死亡率、運用利回りが下がっているからだろうと書いたところですが、先日の年金部会の議事録にこの設定根拠を見つけました。
○数理課長 繰下げ増額率の現行の率の設定についての御質問がございました。これは事実関係ですので、いつ設定されたかということなのですけれども、現行の繰下げ増額率、合わせて繰上げ減額制度というものもございますので、繰上げ減額率も合わせて設定されておりますけれども、平成12年改正、2000年の改正のときに政令で設定されたものでございます。
 そのとき、数理的に生涯受給額が等価になるようにということを基本として設定されているわけですけれども、使った率といたしましては、当時の直近の生命表及び経済前提ということになりますので、平成7年の完全生命表と平成11年の財政再計算時の経済前提をもとに設定したということでございます。

具体的にいうと、死亡率については第18回生命表、実質運用利回りについては1.5%となります(実質運用利回り=名目運用利回り4.0%-賃金上昇率2.5%)。実質運用利回りの目標は当時のほうが0.2%だけ低かったんですね。確かに資産運用に関しては当時より株式の割合が高くなってより積極的なスタンスになっています。

で、これを前提に財政的な中立な受給繰下げ時の増額率を計算すると、
  • 男性(65歳から70歳まで5年繰り下げ):+47.7%
  • 女性(同上):+36.7%
となり、男女の平均をとると42.2%と現行の増額率の設定にほぼ一致します。

1995年当時の死亡率(第18回生命表)に基づく65歳時点の平均余命は、男性が16.48年、女性が20.94年となっています。これに対して20年後の2015年時点の死亡率(第22回生命表)に基づく65歳時点の平均余命は、男性が19.41年、女性が24.24年であり、男女とも3年前後伸びています。

財政の中立を保つという観点では、平均余命が伸びればそれに合わせて繰下げ受給の増額率も調整する(つまり引き下げる)必要があるはずですが、実際には繰下げを選択する割合は非常に低く(直近では2~3%程度)、逆に不利な繰上げ受給を選択する割合のほうが高い(直近では10%程度)ことから、あえて見直さずにきたのかもしれません。

しかし「人生100年時代」に向けて、今後66歳以降に受給を繰り下げる人の割合が増えてくると、財政上はマイナス要因となりますから、平均余命の伸びにあわせて繰下げの増額率をシステマティックに調整する仕組みというのも今後導入する必要が出てくるのではないかと思います。

というわけで、少なくとも今の有利な条件が設定されている間は、基本的に受給を繰り下げる前提で考えておくのがいいんじゃないかというのが私の考えです。