友人の山崎俊輔さんのこちらのコラム、「大江千里と小室哲哉の比較から人生100年時代の生き方のヒントを探る」というなかなか興味深い内容でした。

なかでも印象に残ったのは、「100年人生時代に、年収の増減があったとき、今の自分に合わせた生活支出をコントロールできるのは大きな強みです」という点。一度引き上げてしまった生活水準は半ば習慣となり、再び引き下げるのは難しいことかもしれませんが、人生100年ともなれば浮き沈みもあり、老後も長くなりますから、収入に見合った生活スタイルに柔軟に適応していく能力が重要になるのだろうと思います。

また、このことは、人生において消費することよりも生産することに重きを置くことができるか、という点につながっているように思います。仕事を、単に生活水準を良くするためや娯楽のための収入の手段としてとらえるのか、あるいは仕事自体にやりがいや喜びを見出し、普段の生活や遊びさえも生産的な活動につなげられるのかということです。

もちろん、何かを楽しみにすることでそれを目標に他の苦しいことを頑張るというのは誰にでもあることでしょうし、それ自体悪いことだとは思いません。生産するには休暇や充電も必要です。しかし休暇のほうが主目的になってしまうと、長い人生を乗り切るのはかえってしんどくなるのではないでしょうか。

生産的な活動というのは必ずしも仕事に限定されるものではなく、金銭的な収入を伴わないこともあると思いますが、最低限の生活費以上の稼ぎがあることで、ずっと続けることが可能になります。
人生100年時代を充実したものにするには、消費よりも生産に重きを置き、大きな金額でなくとも一定の収入を伴う生産活動を、やりがいを持って長く続けられるようになることが大事なのだと思います。