年金の繰下げ受給についてはこれまで何度も取り上げているとおり、「長生きリスク」への対応として最優先に考えたい手段ですが、理屈では分かっていても実際65歳を迎えると「もらえるうちにもらっておきたい」と考えてしまうのが人間心理かもしれません。健康に少しでも不安があればなおさらでしょう。

では、繰下げを行うかどうか迷った時にはどちらを選択するのがよいでしょうか?

一度年金の請求手続きを行い受給が開始されると、それ以降繰下げを選択しなおすことはできません。これに対して65歳時点で請求の手続きを取らなかった場合は、66歳になってから70歳到達月の間であれば、その時点から繰下げにより増額された年金の受給を開始することもできますし、65歳時点にさかのぼって65歳時点の年金を請求することもできます。

例えば、70歳まで繰下げるつもりでいたのが、68歳になったところで介護が必要な状態となってまとまったお金が必要になったときには、65歳時点にさかのぼって年金を請求することにより、3年分の年金をまとめて受給することができます(それ以降は増額のない年金を通常通り受給)。

つまり、65歳時点で請求手続きを行わないことにより、その後5年間繰下げを行うかどうかを決める猶予期間ができるということです。もし不幸にも未請求のまま亡くなってしまっても、遺族が未支給分をまとめて受け取ることができますので、年金がなくなってしまうことはありません。

ただここで気になるのが、65歳時点にさかのぼって請求し、それまでの年金をまとめて受給した場合の税金の取扱いです。上の例でいえば、3年分の年金をまとめて受給した時に、3年分の年金が全てその年の収入であるとして取り扱われると、1年分の年金収入しかないときに比べて高い税率がかかってしまいます。

しかしこの点については、国税庁の所得税基本通達に以下のように定められています(こちらから抜粋)
203の3-2 公的年金等の改定、裁定等が既往にさかのぼって実施されたため、既往の期間に対応して支払われる公的年金等に対する法第203条の3の規定の適用に当たっては、次に掲げる公的年金等の区分に応じそれぞれ次によるものとする。
(1)<略>
(2)裁定、改定等の遅延、誤びゅう等により既往にさかのぼって支払われる公的年金等
イ 当該公的年金等は、その支給額の計算の対象とされた期間に係る各々の支払期月の公的年金等とする。<以下略>
「さかのぼって支払われる公的年金は、その支給額の計算の対象とされた期間に係る各々の支払期月の公的年金とする」とされており、3年分まとめて受給したとしても税金は本来の時期に受給されたものとして計算されるので、通常通り65歳から受給した場合と比べて税金面で不利になることはありません。

したがって、迷った時には請求しないでおくことで、その後の状況に応じた選択があとからできるようになります。もしものときのために年金をすべて貯金している状態であるともいえますね。

ただし年金をさかのぼって請求できるのは最大5年間ですので、遅くとも70歳になるまでには、65歳時点の年金と、繰下げにより増額された年金のいずれかを請求しておくのがよいでしょう。もし70歳を超えて、例えば72歳になったところで年金の請求を行う場合には、次のいずれかを選ぶこととなります。
  1. 65歳時点の年金を過去5年分まとめて受け取ったうえで、その後は増額のない年金を毎年受け取る(2年分の年金はさかのぼって受け取ることはできない)
  2. 70歳まで繰下げて増額された年金を過去2年分受け取ったうえで、その後は増額された年金を毎年受け取る。