一昨日昨日に引き続き、先月公表された年金数理人会の実務基準案より、リスク分担型企業年金における財政悪化リスク相当額の算定実務について紹介します。今回は、特別算定方法による負債変動リスクの計算について取り上げます。

第1回の記事にも書いたとおり、リスク分担型企業年金では、財政悪化リスク相当額のうち、負債側の変動リスクに対応する額(=負債変動リスク)として、予定利率を1%引き下げた場合の負債の増加額とすることとされています。この計算は標準算定方法と呼ばれています。

但し実務基準案では、次のように予定利率以外の基礎率による影響も考慮することを求めています。
・各種基礎率について、以下のような場合には、負債変動リスクを考慮することが望ましい。ただし、予定利率に関するリスクは考慮すること。

a.予定利率
リスク分担型企業年金においては、すべての場合

b.予定死亡率
終身年金を採用している場合など、予定死亡率の改善が債務に与える影響が大きい場合

c.予定脱退率
脱退事由・時期により給付に差を設けており、予定脱退率の変動または実績脱退により発生する差損が大きい場合

d.予定昇給率
最終給与比例制度等、予定昇給率の変動または実績昇給により発生する差損が大きい場合

e.新規加入者の見込み
新規加入年齢により差損が発生する場合や、リスク分担型企業年金掛金決定時からの基礎率の変動等により、新規加入者による差損が発生する場合

f.指標の予測
使用している指標の変動が大きく、見込みの変動または実績値により発生する差損が大きい場合

g.一時金選択率
一時金選択の見込みの変動または実際の年金・一時金選択により発生する差損が大きい場合

h.障害発生率
障害発生率の変動または実際の障害発生により発生する差損が大きい場合

このように、予定利率以外の基礎率の変動や実績との乖離による影響を織り込む(または予定利率について1%の引き下げ以外の方法を用いる)方法は特別算定方法と呼ばれ、個別に厚生労働大臣の承認を得たうえで採用することとされています。

具体的な算定方法としては、例えば予定脱退率や予定昇給率については、過去の実績から正規分布を仮定して平均と標準偏差を算出し、これに基づいて変動後の率をTVaR(95%)を用いて計算し、変動後の率によって負債を計算した場合の増加額を負債変動リスクに加えることなどが例示されています。TVaR(95%)というのは、20年に1回の頻度で発生すると予想される変動を表しています。

…と、文章で書くと数行ですが、実務上は非常に煩雑です。信頼できる過去実績が取れない可能性も十分ありますし、そもそも年金数理人だからといってこの方法をちゃんと理解して計算(検証)できるとは限りません。これまでの実務にはなかった考え方だからです。

したがって、実際には、予定利率以外の基礎率については考慮しなくてもいいように、給付設計の段階でこれらの影響が出にくい設計にしておくことが現実的でしょう。これに関しては、実務基準案でも次のように記載されています。
・基礎率の変動による債務の変動や、実績による差損益が大きい場合には、リスク分担型企業年金として適切な給付設計となっているか再度検討することが望ましい。

基礎率の変動による影響が出にくい給付設計とは、具体的には、ポイント制やキャッシュバランスプランで、退職事由による給付の差がなく、年金支給は期間の短い確定年金であることが考えられます。一言でいえば、掛金とその運用収益により給付額決まる確定拠出年金に近い給付設計ということになります。

また、実務基準案では、
・複数の基礎率に関する負債変動リスクを計上する場合、各基礎率変動の相関を考慮する必要がないか検討すること。
とされています。

具体的な例示などはありませんでしたが、例えばキャッシュバランスプランの指標利率として国債利回りを採用している場合、予定利率と指標利率には相関があると考えてよいでしょう。このとき、両基礎率が負債に与える影響は逆方向となりますから、負債変動リスクは相殺され、特別算定方法を採用することで(予定利率のみを考慮する)標準算定方式よりも負債変動リスクが小さくなることも考えられます。