先日、給与の一部を原資とした選択制の確定拠出年金(DC)を導入したという企業の人事担当者と話をする機会があったのですが、新入社員も含めてDCを選択する人の割合は4割くらいいるものの、そのうち過半数は元本確保型(定期預金等)で積み立てているとのこと。税金や社会保険料の節約という確実なメリットは取りにいっても、投資という不確実なものには手を出さない人が多いということですね。

人間の心理として「利益から得られる満足より同額の損失から得られる苦痛の方が大きい」ことを損失回避性と言いますが、これは行動経済学におけるプロスペクト理論というものを使って説明できます。
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上のグラフの横軸は客観的な損益を表しており、例えば1万円の利益と1万円の損失は、参照点から右と左へ同じ距離にあります。しかし主観的な価値は客観的な価値とは一致せず、橙色のような曲線を描きます。

このため、同じ1万円でも利益よりも損失のほうが心理的には大きく感じられ、不確実性を伴う場合には、利益の額のほうが十分に大きいか、利益になる可能性のほうが十分に大きくなければ手を出さないという判断になります。

また、主観的な価値の変動(曲戦の傾き)は参照点から離れるほど小さくなるため、利益が1万円から2万円に増えても、0が1万円になったときほどには満足度は増えません。一方で損失が1万円から2万円に増えたときも、0が1万円になったときほどにはダメージを感じません。

つまり、元本を少しでも下回るかどうかが心理的には最も影響が大きいということであり、これがDCにおける元本確保型商品の選択という行動につながります。

しかしこれは必ずしも合理的な行動であるとは言えません。DCの目的はセカンドライフに必要な資金を積み立てることであり、積み立ての途中段階で元本を確保することではないからです。

もしDCの積み立て目標が「60歳以降の生活費の○年分」といった形で明確になっていて、そこを基準に考えることができれば、つまり上のグラフの参照点が元本ではなく必要積立額になっていれば、元本の位置は参照点から離れた傾きの小さなところに移るため、元本割れの心理的なダメージも小さくなります。

元本割れのダメージを小さくする方法としてはもう1つ、元本がいくらなのかわからなくするというやり方も考えられます。実際、私は自分のDCの元本(これまでの掛金を単純に合計した額)を把握していませんし、把握することができません。その理由は、企業型から個人型に移った際に損益の情報がリセットされたからです。今把握できるのは、個人型に移ってからの損益です。

個人型に移る前に関しては、損益の額はもちろんのこと、プラスだったかマイナスだったかさえも記憶があいまいです。しかしそのことで不都合が生じることは全くありません。むしろ、過去の結果にとらわれずに今後の運用をどうしていくのがいいのかを考えることができる点では好都合だとも言えます。

頭では元本割れかどうかはさほど重要ではないとわかっていても、気持ちの面でどうしても抵抗があるという人のために(あるいは過去の結果からくる心理的な影響を取り除きたいという人のために)、現在の残高はすぐに確認できるけど、元本やそれに対する損益は表示させないことを選択できるようにするっていうのもありなのかなと思ったりもします。