先週の金曜日から、日経の「やさしい経済学」に「公的年金の保険原理を考える」というコラムが連載されています。

2/24 積立型「貯蓄」でなく「保険」 
2/27 長寿の貧困リスクをカバー 
2/28 親の扶養リスクを平準化 
3/1 老後の備え、貯蓄だけでは困難 

国の年金は終身、つまり生きている限り毎年(実際の振り込みは2か月に1回)支給されるのが最大の特徴であり、2/27の記事にあるように、長寿のリスクをカバーするためになくてはならないものです。

一方、2/28の記事にある「親の扶養リスクの平準化」という役割についてはあまり触れられることはなく、興味深い内容だったので、ここで少し紹介したいと思います。

コラムの中では、国の年金がない社会を考え、次の2つのケースを比較しています。

A)一人っ子同士の男女が結婚し、年金のないそれぞれの両親を扶養する。親は4人とも長生きし、70歳から100歳までの30年間扶養する。

B)5人兄弟同士の男女が結婚し、年金のないそれぞれの両親を扶養する。親は4人とも75歳で亡くなり、扶養する期間は5年間。

2つの親世帯の生活費がそれぞれ年300万円(月25万円)だとすると、Aのケースでは1組の夫婦が300万円×30年×2=1億8000万円を負担しなければなりません。

一方、Bのケースでは2つの親世帯の生活費の合計は300万円×5年×2=3000万円であり、これを5組の夫婦で分担すれば1組当たり600万円となります。Aのケースの実に30分の1です。

これはかなり極端な例での比較ですが、「兄弟姉妹の数や親の寿命という自分では全くコントロール不能な要因で、これだけ大きな差になります。人生最大級の不確実性でしょう。一人息子や一人娘はこの不確実性を共に背負ってくれる相手を見つけないと、結婚できないのです。」というのは、確かにその通りかもしれません。

若い世代にとっては、遠い将来の自分の長寿リスクよりも、親の扶養リスクをカバーできることのほうが、より身近に感じられるでしょう。

ただ少し見方を変えると、「親の老後の面倒は子が見るものだ」という社会があったとすれば、1人1人の子どもの負担が重く大きくならないように、親としてはできるだけ兄弟を多くしようということになるかもしれませんね。

(だからといって、兄弟の数を必ずしも希望通りにできるわけではないので、そのリスクをすべて個人に負わせるのはやはり酷だと思いますが。)