今日ご紹介する記事はこちら。
先月、自民党の若手議員で構成された「2020年以降の経済財政構想小委員会」から「人生100年時代の社会保障へ」と題した提言が発表されました(詳しくはこちら)。

上の記事は、どのような経緯を経て今回の提言が発表されたのかといった点についてのインタビュー記事となっています。以下、いくつか目に留まった点をピックアップします。
そもそも医療や年金において、年齢で区切っている今の制度は正しいのかと。年金の受給開始年齢は65歳、医療では1割負担になるのが後期高齢者医療制度で75歳と決まっている。年齢だけで社会保障の保険料の負担水準や自己負担割合が変わるわけです。でも、この区切り方のままでよいのだろうかと疑った。なぜなら、高齢でも元気な人はいるし、逆に、若くても困っている人はいる。低年金の高齢者もいますが、富裕層の高齢者もいる。要するに、年齢にかかわらず、真に困っている人が受け取るべきというのが、僕らの目指す社会保障ではないかと。
人口ピラミッドがちゃんとピラミッドの形をしていた時代であれば、社会保障の対象を一定の年齢で区切ることは、それを必要とする人を選択するための合理的な方法であったかもしれません。しかし現在のように高齢者の占める割合が増加し、同じ高齢者でもその状況は多様であることから、年齢で区切るのは合理的な選択方法ではなくなってきています。

おそらく、完全に公平で合理的な選択方法というのは存在しないでしょう。しかし、多少不完全であっても、将来にわたって必要な社会保障を維持していくためには、新たな方法に切り替えていく必要があるということだと思います。

年金、医療、介護という社会保障で、どこが一番財政的に危機的かというと、医療、介護なんです。なぜか。この2つは、今後高齢化が進む中で、また、医療技術が高度化していく中で、どれくらいまで支出が膨らむかまったく見えない。天井がないんです。ニーズがあるだけ膨らんでいく。予算で縛れないのが医療と介護。
年金は、積立金の運用を行っていることもあって、特に損失が出たときなんかはメディアでも大きく取り上げられるので、一般的には最も将来を不安視されているような気がしますが、医療・介護についてはそもそも将来の支出の増加に備えた積立金が存在しません。

年金のように将来見通しに基づいて保険料が設定されているわけではなく、基本的に単年度収支しか見てないので、将来どこまで負担が膨らむのか見えてないのが現状です。

医療・介護についても、年金のように財政計画を作成したうえで、サービスや保険料負担、予防対策の在り方を考える必要があるのではなかと思います。

いまは過度な年金への不信感があるので、もっと年金の信頼を高めるべく、「年金は絶対大丈夫です」「支給開始年齢もそのままです」と安心面を打ち出すべきという人もいた。たしかに国民年金や厚生年金ほど恵まれている金融商品はないんです。民間の金融商品ではありえない。
支給開始年齢がそのままでいいかどうかは別にして、国民年金や厚生年金が民間ではありえない金融商品なのは確かです。何しろ税金が投入されているので。

最後はこちら。
──政治家なら天下国家を論じるのは普通では?

いや、そうじゃないんです。通常、僕ら議員はそういうビジョンのようなものを語っていないんです。たとえば党の部会は、担当の役人の方に質問するもので、議員同士で意見を表明する形式になっていない。また、部会は法案化に向かう細部の話を詰める場なので、長期ビジョンを語るようなこともしない。
政治家が長期ビジョンを語らなければ、誰が語るというのか…。選ぶ側も、長期ビジョンを語れるのは誰なのか、ちゃんと見極めないといけないですね。